創建

正徳元年1711年

祭神

天児屋根命 武甕槌神 伊波比主神 比喜大神 津軽為信 津軽信政

沿革

明暦 ~ 宝永(1656 - 1710)の間、津軽藩の名君と仰がれた信政公は吉川神道を修めた第一人者であった。
古来ここにあった春日四神を尊信し生前社殿を造営しようとされたが果さなかった死後の廟をこの近くに定め、宝永七年没した五代信寿公は正徳元年社殿をここに造営、春日四神と共に信政公を祀った明治十年、これに藩祖為信公を合祀した。

建築

本殿 拝殿 中門 弊殿を備え、江戸時代中期を代表する準権現造りの建造物である。

宝物

国指定重要文化財: 友成太刀 真守太刀
県指定重宝: 本殿 拝殿 中門 弊殿
その他、津軽藩関係の多くの宝物は宝物殿に所蔵されている。

歴史

吉川神道を新奉した弘前四代藩主の津軽信政は、自らの葬地を高岡と定め、宝永七年(一七一〇)に弘前城で死去した。五代藩主信寿はその遺言に従って神葬。正徳元年(一七一一)に廟所を、翌年には本殿などを建立したほか、享保六年(一七二一)には門前に屋敷割りを行い、現在の高岡集落の元をつくった。
その後、七代藩主信寧が拝殿を、九代藩主寧親が随神門や廟所門を整備した。社殿配置は東西に一直線で鳥居、随神門、拝殿・弊殿が並び、廊下を挟んで中門から本殿に至り、更に西方二〇〇メートルに廟所と墓所がある独特の構成となっている。
このように吉川神道の教えに基づいた建造物群で現存するのは他に例がなく、更に江戸時代中期の神社建築の特徴をよく現していることから、平成十八年(二〇〇六)七月、本殿をはじめとする建物八棟と信政公墓二基が重要文化財に指定された。

外部リンク

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